NYレポート(2001年4月20日):
ハロルド・ニコラスに捧げる追悼コンサートin
ニューヨーク / 霧生ナブ子
ニューヨークに住んでいると、Tribute(トリビュート)という名のイベントをよく目にする。「誰々に捧げるコンサート」というのは日本でもよくあるが、アメリカの「Tribute(〜に捧げる)」という催しはたいてい教会、聖堂、もしくはホール等で行われ、基本的に誰でも参加でき、その教会やどこかの組織がスポンサーになって行われるため入場無料である。コンサートを楽しみたいという気持ちの他に、亡くなったアーティストを偲ぶ追悼の意が大切で、イメージ的には「音楽葬」・・・音楽でその人を想い、祈り、忘れないでいようという念が込められている。
3月29日(木曜日)午後7時より、ニューヨークで一番大きくて美しいと言われている大聖堂「セント・ジョン・ディヴァイン」では「A
Tribute to Harold Nicholas(ハロルド・ニコラスに捧げるコンサート)」が行われた。今は亡きサミー・デイビス・ジュニア(シンガー・映画俳優・タップダンサー)は「僕がニューヨークに来たのはハロルド・ニコラスみたいになりたかったからだ。彼は僕のアイドル。」と語っていたという。ハロルド・ニコラスは
兄、フェイヤード・ニコラスと共にニコラス・ブラザースとして1920年代から舞台に映画にと大活躍であった。特に映画「ストーミーウェザー」でのアクロバット的タップダンスはその後のタップダンサー達にとても大きな影響を与えた。ハロルド・ニコラスは黒人のタップダンサーの中ではまさに神様的な存在であった。
コンサートに出演していたアーティストの顔ぶれを見ると、タップがジャズとどれほど深いつながりを持っていたかを物語っている。コンサートのトップを飾ったマックス・ローチ(チャーリー・パーカーと共にビーバップのスタイルを生み出したドラマー)はバスドラムもスネヤもないたった1本のハイハットでソロを披露。昔、ジャズのドラマーはタップシューズを履き、タップでドラムのようにリズムをきざみ、このようなスタイルのタップはダンスというよりは楽器のようにとらえられていた。マックス・ローチもタップの出来るドラマーの一人で、パパ・ジョー・ジョーンズ、フィリー・ジョー・ジョーンズ、バディ・リッチ、アート・ブレイキーなどもタップとドラムの両刀使いであった。
ランバート・ヘンドリックス・&ロスというヴォーカルコーラスグループの一人、アニー・ロスは、「ミュージック・イズ・フォーエバー」というオリジナルソングを歌い、歌の中で亡くなったたくさんのミュージシャンの名を語り、ハロルド・ニコラスも私達の心の中に永遠に生き続けるというメッセージを送った。ハロルドと同じショーに出ていたというシンガー、ジミー・ランドルフは太くて甘い声で「マイウェイ」を歌い、説得力のある語り口調の歌声に涙する観客もいた。
ミュージシャンだけではなく、もちろん多くのタップダンサーも駆けつけていた。歴史に残る「コットン・クラブ」「アポロ・シアター」などに出演していた黒人女性によるタップチーム「ザ・シルバー・ベルズ」や、ハロルド・ニコラスを含めハーレムのトップレベルタップダンサーを集め結成されていた「ザ・コパセティックス」からバスター・ブラウン(86歳)も「踊れないよ」と言いながら少々だがステップを披露した。「タップ・オーケストラ」を率いることで知られているブレンダ・バッファリーノも、ショービジネス界ならではの華やかなスタイルのタップを見せ、観客を喜ばせていた。
グレゴリー・ハインツが出演していた映画、「タップ」の中で有名な1シーン、「チャレンジ!!」という言葉を合図にたくさんのおじいさん達(タップダンサー)と当時若手タップダンサーのグレゴリー・ハインツがタップで対決するシーンが大画面に映し出され紹介された。このおじいさん達の中に、ハロルド・ニコラス、サミー・デイビス・ジュニア、そしてジミー・スライドが出演していたのである。ジミー・スライドと共にジャズピアニスト、バリー・ハリスの名が呼ばれ、彼のピアノで正統派ビーバップスタイルのタップを披露した。その後、今の若手タップダンサーナンバーワンと言われているセイヴィオン・グローバーがソロでタップをし、フォービートのリズムからファンキーなヒップホップのリズムへと音楽の時代の変化を見せるかのように、彼独特の世界を披露した。
最後にハロルド・ニコラスの兄、フェイヤード・ニコラス(86歳)がこの日の為に「Yes
Sir, Thatユs My Baby」のメロディに歌詞を書き変えて、「ハロルド・ニコラスは僕の弟さ、彼が一番すごいタップダンサーさ」と歌った。そしてフェイヤードとハロルドが一緒に出演していたショーの曲や20年代、30年代、40年代の古い、想い出の曲をメドレーにして歌い「Come
Rain or Come Shine」などを歌った。彼が語った「70年間、ハロルドと一緒にショービジネスを共にして来たが、僕とハロルドは本当に良い友達だった。」という言葉には本当に感動した。
「Tributeコンサート」は大抵、コンサートの内容も素晴らしくすごいミュージシャンやアーティストが出演するので楽しみなのだが、行く度に「また惜しい人を亡くしてしまったのか・・・」という何とも言えない重たい気持ちになる。でも素晴らしい音楽と共にこの世から送り出される事は、その人にとって、また家族や友人などにとって幸せな事ではないかと思う。ハロルド・ニコラスの御冥福をお祈りする。 |