ガルフ・ストリーム6月号:
*この記事はテキサス州ヒューストンの地方紙ガルフ・ストリーム2004年6月号に掲載されました。

新しく噴水と池、その周りがすべてきれいに新装されたハーマン・パーク、ダウンタウンからのトラムも便利となり、動物園に来る家族連れも水辺を散策する姿が増えてきている。  このハーマン・パークの日本庭園とその脇の水辺の大きな並木に沿ったエリアで、去る4月3日と4日の2日間ジャパン・フェスティバルが開催された。 ヒューストン日米協会が主催、日本庭園と日本文化を地元テキサスの人達にもっと親しんで貰おうとゆうこのお祭りも今年で11回目を迎えたが、今年は3日の午後の1時間ほど雨が降ったが、後は天気も良く、人の出も多くここ数年で一番のフェスティバルだったと毎年ボランティア活動をしている面々が口を揃えて喜んで語っていた。 ヒューストン日本商工会もフェスティバル基金への寄付と100人を超えるボランティア派遣で支援しており、この恒例行事の実施には欠かせない強力協賛メンバーである。

 毎年フェスティバルの舞台では、和太鼓、日本舞踊、空手、居合い抜き、コーラス、楽器演奏などが2日間時間いっぱい数多く催されるが、今年は珍しくニューヨークからジャズ・アーチストを商工会のメンバーが招いて2日間本場のジャズと日本の歌を聞かせてくれた。

 ローカルな日米親善行事のために遠くニューヨークからヒューストンに来てくれた二人のアーティストをご紹介したい。
ジャズ・シンガーは霧生ナブ子さん、東京の世田谷と渋谷で生まれ育った正真正銘の日本人である。日本で尚美学園大学作曲科を卒業、1996年に渡米、ニューヨーク・シティ・カレッジでジャズボーカルを専攻、卒業、さらに大学院クイーンズ・カレッジのジャズボーカル科に進み昨年卒業したばかり、ニューヨークに住む売出し中の大型新人である。

 お母様は日本で有名なクラシックジャズピアニスト、霧生トシ子さん、お義父様はこれまた有名なジャズ・ピアニスト太田寛二さん、弟さんはイタリアで管楽器の修行中のまさに音楽一家。 一家が集まりそこに楽器が揃うと即席でジャム・セッションが始まり、周りの人がいつもこの人達は何者だとビックリするとは本人の弁。

 18歳の頃インド旅行をした時、バスの中でインド人の女性からインドの歌を教わり、旅行中にすっかり憶えて立派に一緒に歌えるようになり、歌でコミュニケーションが出来る事を体感し、音楽と歌の持つ力に魅せられて歌手になろうと突然思ったとゆう変わり種。勿論小さい頃からピアノはしっかりやっていたけれどまさか歌手になるなんて考えもしなかったそうだ。 日本人には少ないジャズ向きの声なので、特別な訓練をしたのか聞いてみたが、生まれつき低く太い声で、特別の訓練はしていないとのこと。 

 英語の環境で育ったのではないので語学のハンデはあるものの、ニューヨークのそれもハーレムに住み続け、ピアノのバリー・ハリスにも師事するなどジャズの真っ只中でジャズのハートとフィーリングを学びつつあるようだ。 ハーレムに住むのは怖くないかと聞いたら、ちっとも怖くないし、ハーレムは住み慣れると何か東京の下町と同じようで、みんなが知り合いで親切で人情みたいなものを感じる事が多いとの答えだった。 是非一度彼女にハーレムの案内を頼みたいものだ。 

 義父の太田寛二トリオとニューヨークで収録したテープをベースにSINGING LOVEとゆうCDを昨年2月日本で始めて出し、本場ジャズ雰囲気を持った大型新人として注目を浴びている。(CD内容は別掲) ここ米国では今回一緒にヒューストンに来たピアニストのラリー・ハムさんとラリーさんの作詞作曲の4曲を中心としたCD、WE TWOをやはり昨年出している。(CD内容は別掲) 今回はこのCDのプロモーションもあって二人で一緒 にヒューストンに来てくれた訳だ。

 ラリーさんはライオネル・ハンプトン・オーケストラのピアニストとして長く世界各地を回っていた後、ビッグバンドやいくつかのグループに加わり、現在はアール・メイ・クインテットのピアニストである。ホワイトハウスでもレーガン大統領とクリントン大統領の就任ボールで弾いている身元保証付きの優良ピアニストでもある。日本にも行った事があり、大分を中心に九州で2ヶ月過ごし、日本のファンになったそうで、お刺身、お寿司等の日本食が大好きだ。ただし実はこの年まで生ガキを食べたことが無かったそうで、ひょんな事から、今回ヒューストン滞在中に生まれて始めて生ガキを食べてしまった。 思ったより美味しいと言っていた。とても美味しいとは言っていなかったが、3個食べたから、まんざらでもなかったようだ。

 以前は作詞・作曲は殆どしていなかったそうだが、アフリカへジャズ大使として派遣され、その演奏旅行の途中大自然の中で、突然曲が自然に沸いてきたのだと言っていた。その曲Under African Skiesも二人のCDに入っている。この曲ではナブ子さんの日本人離れをしたスキャットがゴキゲンで好きだ。

 今回ヒューストンに来たそもそもの目的はもちろんジャパン・フェスティバルでの2日間の公演であるが、折角遠くから来たので、クボーズ・レストランで2晩のステージと、Houston Baptist UniversityのMabee Hallで特別コンサートを開いてくれた。ジャパン・フェスティバルだからと普段は歌わない日本の歌、さくらさくら、りんご追分、見上げてごらん夜の星を、上を向いて歩こうなどをジャズ調にアレンジして歌ってくれたし、二人のCDの中からラリーさんの曲、そして聞く人の馴染みがあるジャズのスタンダード・ナンバーにボサノバも交えてサービスしてくれた。ヒューストンにもいくつものジャズカフェがあるが、流行っている所はスムース・ジャズ、フュージョン系といったものが多く、本格的なジャズを聞かせる所はあまりないが、やはりジャズは本格派がいいと思う。

 ヒューストンでの4回の興行の中で特に印象に残った曲は、ナブ子さんが日本語の詩をつけて日本語と英語で歌ってくれた、丘の上に住む人々(Folks who live on a hill)とゆうスタンダード・ナンバーである。とても心に沁み、心に残った。どうしてももう一度聞きたい曲だ。 ナブ子さんは当分ニューヨークを本拠として日本やヨーロッパへ公演に出掛ける生活のようだが、是非日本での公演では、日本語訳をつけたジャズをいくつか歌うようにして欲しい。そして来年もヒューストンに来てください。